私って、最低。
いいじゃない、一番じゃなくたって。
世界は広いの、私が一番なんてことはないんだから。
まだ暑い夕暮れ時。
ブランコには、公園には、私だけ。
私、生きていく価値なんてあるのかな…。
今日だってそう。
いつだって私は、大坂優里菜は嫌な人間なの。
私、成績は結構良い方なのよ。
総合順位で学内三番以下に落ちたことはない。
でも、数学で絶対に勝てない相手がいる。今日も負けたしね。
その相手は、美由紀。中学校の時に知り合った美由紀には、一度も数学の成績で勝ったことがない。他人から見れば些細なことかもしれないけど、許せないの。とにかく、負けたくないから。
美由紀がいなければ。最近そんなことを考えるようになった。私の友達なのにね、ひどいよね、こんなこと考えるなんて。もしかしたら、美由紀は、私のことを友達なんて思ってないのかもしれない。そんな態度をとったつもりはないけど、わかっちゃうのかもしれない。それならなおさら、いなくなくなっちゃえば良いのに。
なんで、友達をそんな風に言うの。
信じられないよ、私なんて。
そんな人と一緒に、いたくなんてないよ。
涙がこぼれてきた。
このまま、どこかに消えたい…。
「強気の優里菜姫も、時には涙ですか。」
誰っ?
きっ、と目を向けると見知った顔。
「弱った顔の方が、俺は好きかなぁ。」
バカなこと言わないで。
私は弱ってなんかないわよ。
「おいおい、びっくりさせたのは悪かったけど、そう睨みつけることはないだろ。」
「別に、睨みつけてなんかない。」
やっぱり私、最低。
せっかく来てくれたのに、なんでこんなことしか言えないの。
来てくれた、かぁ…。
通りかかっただけかな、陽佑。
陽佑とは、今年のクラス替えで初めて顔を合わせた。
特に仲が良いというわけでもないけど、騒がしいヤツだし、教室では席が隣だからよく話す。むしろ、こいつが一方的に話しかけてくる。ただ、それだけ、かな…。
「意外だよなぁ、夕日の中ブランコで涙を流す優里菜姫。いやぁ、寄り道して良かった良かった。」
おしゃべりな男って嫌い。
なんか、嫌いなのよ。
「いいわよ、別に。このことを誰にしゃべったって。私が泣いてたなんて、さぞかし楽しいでしょうね。」
そうよ、こいつ、絶対話の種にするつもりよ。
私があいつだったら、絶対にするもの。
「楽しくないだろ、そんなの。」
ほぉら、にこにこ笑っちゃって。
お前こそ泣いたら面白いんじゃないの。
バカ。
…っぇ、楽しくない?
「どうしたんだよ、そんなに意外か?」
目をきょとんとさせて、そんな表現がぴったりの顔をしていたに違いない。
私は驚いたんだもの、仕方ないじゃない。
「そうよ、悪い? あんたみたいなおしゃべりが、話の種にしないなんて信じられないわよ。」
本当は感謝の一言を言わなきゃいけないのに。
私、やっぱり最低ね…。
「まぁ、それはそうだな。俺も信じられないよ。でも、誰にも言わないと思うよ、このことは。俺、こう見えても意外と負けず嫌いなんだよね。」
そんなことを言いながら私に笑いかけないでよ。
なんか、か弱いお姫様みたいじゃないの。
「負けず嫌いなら、言いふらして私を苛めた方が好都合じゃない。」
そう、私みたいに。
相手が消えちゃえば、負けることだってないんだ。
でも陽佑は、意外な言葉をつづりだした。
「それは違うなぁ。これは俺のくだらんポリシーってヤツだけどさ、弱みにつけ込んでどうこうするのは、フェアじゃないだろ。ましてや相手は女の子。お姫様を守ることが俺の夢であってだな、監禁するのが俺の夢じゃないんだよ。わかるぅ?」
こいつ、バカすぎ。
大体、そんな恥ずかしいことをなんで平気で言えるわけ?
何を言っても変わらぬにやついた顔。ホントにバカなんじゃないの、こいつ…。
「あんた、もう少しまともなことを言えないわけ?」
力無くそんなことを言っても、ダメか。
「残念ながら言えないな。ホントにバカだからさ、俺。」
やっぱりダメだったみたいで陽佑は相変わらず笑っている。
なんか、疲れてきた…。
「でさ、なんで泣いてたの? 別に話さなくてもいいけど、話してもらえると嬉しいな。」
でも、ちょっとだけ、優しいかも。
「面白そうだし。」
訂正、やっぱりバカよ、こいつ。
「あんたねぇ、傷心の女の子にそんなこと言って、相談を受けられるとでも思ってるの?」
「無理? 結構気を遣ってるつもりなんだけどなぁ。」
これで気を遣っている、か。
ちょっと羨ましい気もする。私だったら絶対無理だから。
「わかったわよ、話してあげる。」
なんだかんだ言って結局話すのね。
何を考えているんだか、私も。
そんな私の決断に、目を輝かせて待つ陽佑。面白い話だと本気で思っているのかしら。
何となく調子が狂うけど、私はゆっくり話し出すことにした。
「私、凄く負けず嫌いでさ。何でも一番じゃなきゃ嫌、ってところがあるの。」
…あれ。
陽佑、あんた、何か反応はないの?
そう視線を向けてやると、にっこりと笑ってうなずいている。
もう、それならそうと早く言いなさいよ。
「でも、実際には一番になれないこと、負けることだってたくさんあるじゃない。数字で順位として出ることもそうだし、出ないことでもそう。」
そう、数字として出ないことでも。
昨日、夕飯の買い物に行ったら、理恵にばったり会った。
そのとき理恵の隣にいたのはあいつよ。名前を出すのも悔しい。
好きだったのにさ、絶対私の方が綺麗だし、優しくしてあげるのに。なんで理恵があいつの彼女になっちゃうの?
やっぱりそのとき思った、理恵がいなければって。理恵なんか消えちゃえって。
今になって考えてみると、理恵を選ぶのが当然よね。私は友達のことを平気で、消えちゃえ、とか思う子だし。優しいのだって、きっと、表向きだけ…。
「優里菜姫、そんなに気にするほど負けてないよ、と、言っても無駄なんだろうけどね。」
えっ?
ぁ、私、また考え込んでたんだ…。
「ごめん、またどうかしちゃった。」
ひょい、と私の目の前に差し出されたのは、ハンカチ。
「あ、ありがと。」
またこぼれだした涙を軽く拭きながら、なんか奇妙な感じがした。
陽佑からハンカチが出てくるなんて、ちょっと意外よね。
「それで、どうしたの? 負けず嫌いってところまではわかったよ。」
そう、そうね。
なんで泣いていたのかを話してあげるんだった。
「私、負けちゃうと、いつも思うんだ。消えちゃえって。競争相手が消えたら、私は負けないのにって。相手が友達でも、思うんだ…。」
友達って思っているのは、私だけかもしれないよね。
こんなこと思うのって、友達じゃないもんね…。
「それって、当然のことじゃないのか? 相手が消えればって、誰だって思うよ。思っていけないこともないだろ。」
何よ、あんた、妙な理解なんか示して…。
そんなことしても、何も出ないんだから。
「でも結局、消そうとしたりはしないんだろ? 実際にナイフを持って夜な夜な襲うとか。それなら普通だよ。勝負を真剣にやってるってこと。いいことじゃないのか。」
そ、そうなのかな…。
何となく、陽佑の言うことが正しいような気もする。
けれど、こいつ、話がうまいから…。
「最低よ、私。絶対。ダメなんだもの、最低なんだもの、もう、いちゃいけないんだよ、私なんて…。」
そう、そうなんだよ、絶対最低だもの、私。
「わかった。優里菜姫は最低。そうしよう。」
…ぇ?
そ、そりゃ私は最低だって言ったけど、あんた、それはひどいわよ。私以下よ。
「なんでそんなことが平気で言えるの?」
私は傷ついてるの。少しは親切にしてよね…。たとえ、普段、私がひどいことをしていても、今くらい…。
「何を言ったって無駄だろうが。もし俺が優しく慰めたところで、お前は自分を好きになれるか?」
…それは無理かもしれないけど。
でも、いくらなんだって、ひどいよ。
「私の言いたいこと、わからないの? 別に、形だけでも優しくするものなのよ、こういう時は。」
そうよ、別に、私は最低だし、そう思われてても構わない。
でも、優しくして欲しいの…。
わけわからないことを言っているのは、私だけどさ。おかしいかもしれないけどさ。だからって、あんた、そんなすっきりした顔をして、愉快な顔しないでよ。
「言っただろ、俺はアンフェアな戦いは嫌いなんだ。ま、そんなことはどうでも良い。俺はお前に死なれたら困るからな。今日がきっかけで自殺なんてされたら、洒落にならないし。ここは一つ、優里菜姫に素晴らしいものを差し上げよう。」
そんなことを言いながら、笑顔の陽佑はブランコを立つ。
そして、私の目の前に来て言ってくれるわ。
「優里菜姫、あなたに一つ、魔法の石をあげましょう。」
こいつ、演劇でもやってる気分よ、絶対。
素直に優しい言葉をかけてくれれば、私だって素直に嬉しいのに。
「はいはい、早くください。そして、とっとと消えて。」
違う、そんなことは思ってないの。
嫌な癖。消えて、なんて言っちゃいけないのに…。
「ムードってものがないヤツだなぁ。ま、気にしないことにする。それでだ、これが魔法の石だ。」
陽佑は制服のポケットから、さっと小さな石を取り出す。
黒く光っているその石は、なんだかちょっと怪しい。
「優里菜姫には面白い話を聞かせてもらったので、俺も一つお話をしようじゃないか。面白いかどうかはわからないけどな。」
にこにこしながら、面白い話を聞いたですって。
やっぱり、話さなければ良かったような気がしてくる。
「この石は、持ち主の想う未来を一つだけ叶えてくれる。どんなことでも、一つだけ、必ず叶えてくれる。ただし、想う未来がいつ訪れるかはわからない。それは明日かもしれないし、十年後かもしれないわけだ。」
「なんかそれって、凄くいい加減。」
「まぁ、最後まで聞け。」
思った通りのことを口にする私を、あっさりはねのける陽佑。
時間を無駄にしている気もしてきたけど、ここまで来たら聞いてあげるわ。
「とにかく、想う未来が訪れるのは間違いない。俺も使わせていただいたからな。だから、優里菜姫にプレゼントするわけだ。」
笑顔の中にも、陽佑はちょっと偉そうな含みを持たせている。
簡単に言えばもう不要だから私にくれる、それだけなのに。
「優里菜姫、信じていないだろ?」
「えっ、あ、まぁ、信じられないわよ、そんなの。」
期待しないと言ったら嘘かもしれないけど、信じているわけではない。
だって、こんな話、信じられるわけがないの、そうよね。
「そうだろうな。子どもの俺でさえ信じなかったんだ。実はこれ、俺も昔もらったんだよ。同じ台詞とともに。」
私の目の前にある顔は、一向に笑みを絶やさない。
それでいて、妙に真面目なことを話し出してくれる。
「小学六年の時、派手にケガしてさ。入院してたんだよ。これがまたひどいケガでね、手術後も結構なリハビリが必要だった。ここまで言うと先が読めるだろ?」
相変わらずにこにこしている陽佑。
本当の話なのかしら、これ。それにしては楽しそうに話すのね。
まぁ、いいわ。
ご質問に答えて差し上げましょう。
「嫌気がさして、生きる自信をなくした、でしょ。…今の私みたいね。」
そう、今の私も、もう、生きていく自信がない。
最低な私を引きずって、何ができると言うの?
「多分な。ただ、俺の場合は幼かったから、優里菜姫みたいに深い考えはなかったよ。もう死んじゃった方が楽、そんな風に考えたんだ。」
死んだ方が楽、そんなことはないわ。
でも、私が生きていることって、凄く、いけないことに思える。
誰がいけないと言うわけじゃない。
誰かに言われる前に、生きていることをやめたい。
負けて死ぬの、嫌だから。
「そのときに、綺麗な看護婦さん、そうなんだよ、これがホントに綺麗なお姉さんでなぁ。今の俺だったら別の感情を抱いたに違いないくらい綺麗だったんだよ。」
あっそ…。
私の前でそんなことを言わなくたっていいじゃない。
「早く先に進めなさいよ。」
ついきつい言葉を口にしてしまった。
ホントは、少しだけ、話を聞きたいのかな。
「わかったわかった。それで、その看護婦さんがだな、この石をくれたのさ。『この石は、持ち主の想う未来を一つだけ叶えてくれる。どんなことでも、一つだけ、必ず叶えてくれる。ただし、想う未来がいつ訪れるかはわからない。それは明日かもしれないし、陽佑くんが大人になった時かもしれない。でも、必ず叶えてくれるから。私はもう、想っていた未来を叶えてもらったの。だから、この石を陽佑くんにあげる。』そんな言葉と一緒にね。」
看護婦さんの子ども騙し、そんな気がしなくはなかった。
でも、陽佑は今までその石を持っていたし、私なんかを相手に、くれようとしている。ひょっとしたら、は、ないよね…。
「確かに、看護婦さんの言っていたことは確かだったよ。毎日毎日、この石に想いを込めてたら、想っていた未来を手に入れることができた。余談だが、当時の俺は子どもでな、看護婦さんを手に入れることは想わなかったらしい。今になって考えると非常に残念な話だな。」
…こいつ、信じられない…。
良い話だなって聞いていたのに、ぶち壊しよ…。
「少しはムードとか、そういうものを考えないわけ? どうでもいいの、あんたの色事は。」
そう言ってやっても、陽佑は気に留めようともしない。
さっきからずっと変わらず、多分、これからもずっとにこにこしている。
「お、悪い悪い。ま、そんなこんなで、これを優里菜姫にやる。幼き俺にとっての看護婦さんほどでないにしろ、優里菜姫にとって俺は十分魅力的なはずだ。いや、違う違う、俺の話は魅力的だろ? 何か、信じられないようで信じられるような感じがするんだよな、俺もそうだった。」
ちょっと一人で話を進めないでよ。
あんたの話なんか魅力的でも何でもないんだから。
「それで結局、結果を見よう、そこに落ち着くわけだ。」
私の視線、完全に無視ね…。
でも、結構当たってるかも。何か、不思議な感じがする石。
「お前が死を選ぶのは、その結果を見てからでも遅くはなかろう。そのころにはきっと、俺とお前は何の関係もなくなっていて、自殺の原因が俺にあると疑われずに済むしな。お前は謎が解け、俺は身の危険を避けられる。最高の結果が待っているというわけだ。ほら、これがその魔法の石だぞ。」
…こいつ、やっぱり信じられない。私の自殺と関わりたくないって何よ、それ。結構ですよ、関わらなくても。
機嫌が悪い私だけど、石には興味がある。
陽佑に持たされるがままに、石を手の中に収めた。
「それじゃ、また、明日な。」
帰っていった。
私に文句の一つも言わせずに、陽佑のヤツは帰っていった…。
「優里菜ぁ、帰るのぉ?」
理恵が楽しそうに声をかけてくる。
そりゃ、あんたは楽しいでしょうね。一緒に帰る相手がいるのだから。
「そうよ、一人でね。誰かさんが羨ましいなぁ。」
そんな言葉に頬を赤らめる理恵、はぁ、羨ましいなぁ。
幸せだと何を言われても嬉しいのかしら。
「そ、そうよ、そんなことより、優里菜は今から屋上よ。」
「屋上? なんで私が?」
理恵、幸せのあまり言葉の意味を忘れたんじゃないよね。
屋上に今頃行ってどうするのよ。寒いだけじゃない。
「えっ、あぁ、今そこで『屋上で待ってます、と優里菜先輩にお伝えください』って言われたの。良かったね、優里菜にも相手ができて。」
そんなことをケロッと言う理恵。
良かったね、じゃないわよ。油断は禁物、ここのところ、待っている相手が全て女の子。まさか…
「あ、可愛い女の子だったよ。何の相談だろうね? それじゃ、私帰るから、ばいばぁい。」
…六人目…。
うぅ、私って、そういう趣味に見えるのかなぁ。ルックスは結構自信あるのに、男の子が一人も来ないのはなぜなのよっ!
私が小さな悩みで頭を抱えているのに、理恵は嬉しそうに帰っていった。
隣には、女の子じゃない人間がいる…。
屋上へ出る扉。
この時期に開ける者は少ない。
ましてや日もなくなりかけているこの時間、何が楽しくて屋上に来るのよ。
「お待たせ。」
ドアを開けながら、自分でもあまりしっくりきていない挨拶をする。
ホント、こういう時ってどういう挨拶をしたら良いのかな。数回経験したけど、未だにわからないわ…。
暗くなり始めている屋上は、やっぱり寒い。そして、人気がないせいかとても寂しげ。
さて、待ち人はどこかしらね…。
ぐるりと見回すと、視界に一人の女の子が入ってくる。
屋上の端っこの方。
でも、その子じゃない、そんな気がする。
彼女は屋上からぼーっと遠くを見つめているみたい。
何を考えているのだろう。
…自分の、こと、かな。
なぜかはわからないけど、そんな気がする。いつかの私に、似ているような気がするから。
不安が宿る瞳には、何も映っていない。覇気のないその身体を、何かに預けることもなく。
あのときの私を、私は見ていない。
当然だけどね。でも、あのときの私は、こんなだったと思う。
「ねぇ、あなた。」
肩を叩くと、うつむいた顔を上げながら振り返ってくれた。
女の子の顔はとても可愛くて、でもどこか綺麗という印象もあって、ちょっと悔しいけど、私より上。きっと笑顔が似合う、けれども、それは今の彼女に欠けているものだよね。
でも、大丈夫。
…って、なんか、だんだん陽佑みたいな乗りになってきたわ。
無言のうちに一人芝居を繰り広げる私が、ちょっと面白かったのかな。女の子の表情が、少しだけ色めいた。
「いいのよ、何も言わないで。わかるから。」
優しいお姉さん、ね、私。これが女の子に受けちゃうのかな…。
そんなどうでも良いことに悩んでいる私を見て、不思議な顔をする女の子。
そう、彼女の悩みに比べれば、どうでも良いこと。魔法の石のお世話にならなくても済む問題ね。
「少しだけ、ガンバってみようよ。そのために、いいものをあげる。」
制服のポケットから黒く光る石を取り出すと、彼女の手の中に入れてあげた。
彼女の黒い瞳はまるで石のように、綺麗に輝いていた。
魔法、なのかしらね。
「この石は、持ち主の想う未来を一つだけ叶えてくれるの。どんなことでも、一つだけ、必ず叶えてくれる。ただし、想う未来がいつ訪れるかはわからない。それは明日かもしれないし、あなたが大人になった時かもしれない。でも、必ず叶えてくれる。私はもう、想っていた未来を叶えてもらったの。だから、この石はあなたにあげる。」
誰かの受け売りね。
そ、そうよ、これは綺麗な看護婦さんの受け売り。あのバカの受け売りなんかじゃないわ。
「それじゃ、また、明日ね。っあ、そうそう、私の彼女になる、なんて未来は禁止だからね。」
そう言って、私はさっさと屋上を去ることにした。
いつかの誰かと同じように、あの女の子は何も言えないままだ。可愛い大きな瞳をきょとんとさせて。
怪しげな石を押しつけられて、信じられないような話を聞かされて、風のように去っていって。
さ、帰ろう。
屋上へのドアを閉じると、軽やかに足を踏み出した。魔法の石の重さ分だけ、軽くなった私。体重計に乗ったら、どのくらい変わるのかな。
と、そんなバカなことを言ってる場合じゃない。私を待っていた女の子はどうしたのだろう。彼女じゃないことは確かだ。…彼女を見て、帰っちゃったのかな。そうであれば、明日もあのドアを開けるわけか。…ちょっと憂鬱。
私一人の帰り道。
目の前にあるブランコは、あのときの。
あのとき、あいつがどうして私の隣にいたのか、やっとわかったよ。
あとがきに続く。