「へっ...?」
何よ、この手紙みたいのは。可愛いパステルピンクの封筒は。下駄箱だなんて、嘘でしょ。え、そんなぁ...。
私、香川茜。もうすぐ卒業、十五歳の中学三年生。ごくごく普通の元気な女の子。でも、この年にしてはちょっと奥手かな。「男の子」なんてものには縁がなかったんだもの、今まで。急にこんな手紙を突きつけられても困っちゃう。っあ、まずいっ。とりあえず、カバンの中に押し込んで、平静を装わなくっちゃ。
「茜ちゃん、おはよっ!」
私の一番の友達、舞坂真鈴ちゃん。見た目もとっても可愛いけど、中身はもっと可愛い。真鈴ちゃんとはいつも一緒。でも、手紙のことは言えないよ。私は頭の中真っ白。何をしたらいいかわからなくって、突然、
「真鈴ちゃん、昨日どうしたの?」
なんて突然の質問しちゃった。あぁ〜、あわてて顔が真っ赤なのが自分でも良くわかる。まずかったかなぁ。でも待って、そうよ、真鈴ちゃん、昨日は遅くまで学校に残っていたんだもん。別に変な質問じゃないよね。
「えっ...。」
ふう、とりあえず、一難去ったぁ。
「っそ、それはね、そうそう、もうすぐ卒業でしょ。だから、お庭のお花に『さよなら』を言いにいったの。」
良かった、気づいていないみたい。ホント、朝から疲れるなぁ。
「あ、そうなの。お花さんたち、寂しそうな顔しなかった?」
「うん、ちょっとね。」
-- キーンコーンカーンコーン...
「あ、予鈴なっちゃったよ。茜ちゃん。早く行こ。」
「う、うん。そうだね。」
一時間目は英語。英語の先生は担任だから、ホームルームもかねている。だから、今日はいつもよりちょっと遅く教室に入っても大丈夫。出席をとるのは授業が始まってからだもん。って、あぁ〜、予習忘れちゃった。先生、怖いんだよなぁ。あの美貌も、怖い顔しちゃ台無しよ。先生を好きになった男の人、不運だよね。...男の人...。
「起立、気をつけ、礼。おはようございまぁす。」
「おはようございます。それじゃ、出席をとりますね。相沢くん...」
そうだ、あの手紙、どうしよう。そ、そうよ。今は授業。気にしなければいいのよ。そうよ。英語の教科書を出してっと...。あ〜ぁ。よりにもよって、カバンの一番目につくところにあの可愛い封筒が。もう、気になっちゃうじゃないのよ...。
そのあとの授業なんて、頭に入らなかった。頭の中は、ずっとあの手紙のことでいっぱい。考えちゃいけないって思うんだけど、ダメなの。ドキドキしちゃって、顔が真っ赤なの、自分でもわかるくらい。でも、止められないの。自分が自分じゃないみたいなの。
「...茜ちゃん。茜ちゃんっ。茜ちゃんってばぁ!」
っえ? 何? あ、真鈴ちゃん。かほりちゃん。
「茜ってば、どうしたの? 今日は朝からずっとぼーっとしちゃって。それに、顔真っ赤だよ。風邪ひいたの? どれ、...ん...熱はないみたいだね。」
「あ、大丈夫よ。ちょっと、疲れてるの。」
「どうしたのぉ? 恋の悩みでお疲れか、茜ぇ〜。そういうことは私に任せなさいって。」
「ち、違うってば。ホント、ちょっと疲れてるだけだから。」
なんでわかっちゃうの〜。かほりったら、もうっ。
「ま、心の整理がついたら、お姉さまに相談しなさい。茜ちゃんっ。」
なんか、心の中を見透かされているみたい。かほり、変な才能あるのよね。
「あら、真鈴ちゃん。あなたまで真っ赤なお顔でどうしたの。お子さまには、ちょっと刺激の強いお話だったかな? でも、真鈴ちゃんも同じことを悩む日がきっと来るのよ。でも、お姉さまがついていてあげるから、心配しなくていいからね。」
「え、あ、うん。そ、そうだね。」
ごめん、真鈴ちゃん。私のせいで恥ずかしい思いさせちゃって。あぁ、それにしてももうダメ。私、壊れちゃいそう。もういいわ、どうなってもいい、手紙になんて書いてあるか読んでやれっ。
「あ、あのさ、かほり。私、ちょっと外の空気すってくるね。風邪ひいたのかな、気分悪くって。」
「うんうん、行ってらっしゃい、恋する子猫ちゃんっ!」
「あ〜、だからぁ...」
「いいのいいの。私はずっとあなたのお友達でいるからさ。」
かほりって走り出したら止まらない性格。今までは、ただやたらめったら走っていると思ってた。でも、実は結構いろいろなこと考えているのかしら。何でこんなにまで私の心の中がわかるなんて...。
屋上には誰一人いなかった。ちょっと寒い。でも、空は真っ青で、不思議と気持ちが良くなった。さっきまでのことが嘘のように。さ〜て、この勢いで封筒も開けちゃお。とはいってみるものの、やっぱりドキドキする。緊張して、手が震える。あぁ、うまく開けられない。っと、とうとうこのときがきたのね。はぁ、ほんと、もう、あぁっ!
ずっと、ずっと好きだったの。
お願い、答えを聞かせて。
放課後、校舎裏のお庭で待ってます。
舞坂真鈴
へ? ちょ、ちょっと。な何なの、「舞坂真鈴」って。え、どういうこと。思わず手紙に見入ってしまう私。あ、そっかぁ、そうだったのかぁ。それで昨日は私と一緒に帰らないで、一人で学校に残っていたのね。それに、さっきも、私がかほりにからかわれているときに、真鈴ちゃん、真っ赤な顔してたもん。そうかぁ、真鈴ったら、隅に置けないわねぇ〜。あの引っ込み思案の真鈴がねぇ〜。それも、こんな大胆な文章を書くなんてねぇ〜。うんうん、恋する子猫ちゃんかぁ〜。ん? あぁ〜、私だけだぁ、一人遅れてるのって。男の子のことなんかなんにもわからないもん、かほりみたいなこと言っても墓穴を掘るだけになっちゃうな。あぁ、このことを知ったら知ったで、私ったらどういう顔をすれば良いのよぉ〜。真鈴ちゃん、今頃好きな男の子のところに届いていると思っているのよ、きっと。真鈴ちゃんに私はなんていって教えてあげれば良いの? あぁ〜、やっぱりこんな手紙見るんじゃなかったぁ〜。
「子猫ちゃん、次の授業は音楽。音楽室へ行くの、遅れないようにね。」
「ちょっと、かほりぃ。待ってくれたっていいじゃない。」
「え、だって甘い妄想の時間を奪っちゃ悪いと思って、てへっ。」
「てへっ、じゃないわよぉ。もう、真鈴ちゃんも何とか言ってやってよぉ。」
あ、しまった。ごめん、真鈴ちゃん。そうだよね、そうなんだよね。ホントは、今一番ドキドキして、壊れそうなのは真鈴ちゃんなんだよね。
「っえ、あ、う、うん。」
「あらら、子猫ちゃんの病気が、真鈴にもうつっちゃったのね。」
「そ、そんなことない、私、大丈夫。」
ごめん、真鈴ちゃん。ん? あれ、チャイムの音。あぁ〜、本鈴よ、これ。
「真鈴ちゃん、かほり、遅れちゃうわよ。これ、本鈴っ!」
「茜が恋におぼれているからだぞぉ〜」
「何で人のせいにするのよぉ」
「すみません。」
「ま、いいわ。お昼休みくらい、ゆっくりしていたいわよね。でも、次からはちゃんと気をつけるのよ。」
音楽の美由紀先生。いつも優しいお姉さまって感じ。はぁ、私も先生みたいなら、こんなことで悩まないんだろうな...。
結局、午後の授業中、ずっと真鈴ちゃんにどうやって伝えるかを考えていた。まぁ、おバカな私だから、単純な方法しか思いつかなかったの。今日、真鈴ちゃんはあの手紙にあるようにお庭に行くだろうから、そのときに言おう。
「起立、気をつけ、礼。さようならぁ〜。」
さて、真鈴ちゃんはこれから...
「あ、茜ちゃん、私、これから用があるの。ごめんね、先に帰ってて。」
「うん、かまわないよ。真鈴ちゃん、ガンバってね。」
こんなこと言っても良いのかな。私、真鈴ちゃんの期待している結果じゃないことを知っているのに。でも、それは、仕方ないよね。明日、目的の男の子とところに入れれば良いんだよ。あんなに可愛い真鈴ちゃんの告白、ことわる人なんていないよね。女の子の私だって、とっても可愛いと思うんだもん。
あ、いるいる。ごめんね、真鈴ちゃん。期待していた人じゃなくて。
「真鈴ちゃん。」
「あ、茜ちゃん...。」
「真鈴ちゃんったら、ダメだよぉ。間違って、私の下駄箱に入れたでしょ、この手紙。っもう、私、手紙を見るまですっごくドキドキしたんだからね。さ、今日はちゃんと間違えないように入れにいこっ。」
「ま、待って...、あ、茜ちゃん...。」
「何? ダメだよ、もういいの、なんて。そんなことしたら、かほりに言っちゃうんだから。」
「違うの。私が...、私が好きなのは...」
「茜ちゃんなのっ!」
えっ? あ、どういうこと? あ、あれ、声が出ない。わ、私の顔、真っ赤になっていくのがわかる。どうしたら...どうしたらいいの。
「私が好きなのは、ずっと好きだったのは茜ちゃんなの。」
ひゃっ、え、やめてよ、あ、声にならない。そんな、急に抱きつかれても、ね、周りにみている人いたらどうするの。ねぇ、真鈴ちゃんったらぁ。
そのあと、どうなったんだろう。気づくと、朝だった。次の日の、朝だった。夢だったのかな、と何度も思った。そのたびに、カバンを確認する。そのたびに、可愛い手紙が私に言う。夢じゃないと。そ、そうだ、今日はお休み。真鈴ちゃんのところに行って、もう一度確認してみよう。そうよ、絶対おかしいもん。
「茜ちゃん...。」
「ま、真鈴ちゃん。」
何、このドキドキは。はぁ、止まらない。壊れちゃいそう。
「茜ちゃん、胸、ドキドキしてるね」
「っひゃ!」
「大好き...。」
夢じゃなかった。私、今、真鈴ちゃんと抱き合ってる。あ、なんか落ち着くような気がする。今までの胸のドキドキと、なんか感じ変わったような気がする。え、嘘でしょ、私、真鈴ちゃんのこと...。
「私、真鈴ちゃんのこと...。」
「いいの、茜ちゃん、もう少しこのままでいさせて...。」
「う、うん。いつも一緒だよ...。」
「...茜ちゃん。」
「...真鈴ちゃん。」
あとがき に続く。